カテゴリー「茅葺き屋根 Q&A」の5件の記事

2012年1月22日 (日)

軽トラ1台分の茅で葺き替えられる面積は?

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Q 軽トラックに荷台には5駄(30束)の茅(ススキ)が積めます。
面積にして2~3aの茅場から、1人の作業で半日~1日刈り取って運搬できる量です。
この茅を使って、後ろの屋根を補修したなら、どのくらいの部分が直せるでしょうか?

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A 屋根の傷み具合や補修の方法にもよりますが、表面の傷んだ部分だけ取り除いて新しく葺き替えるなら、およそ赤く示したほどの面積が直せます。
写真の屋根は間口約10間(18m)。同じ方法ですべて葺き替えるには、軽トラ60台(300駄)前後の茅が必要です。

2011年3月 6日 (日)

茅葺き屋根の維持保存について

Q 茅葺き職人を紹介してもらえますか?

 当保存会では職人の仲介は行っていません。近隣の職人をご紹介しますので、職人に直接お問い合わせください。

Q 茅をもらうことはできますか?

 当保存会では「筑波山麓茅刈り隊」として毎年茅刈りを行っています。刈り取った茅は当会会員で作業に参加した方に、希望数と作業参加日数を考慮したうえで分配しています。なお、茅の分配を受けるには「筑波山麓茅刈り隊」の運営経費をまかなうため、数量に応じて所定の協力金が必要です。
 なお、茅の販売はしていません。

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茅と茅場

Q 茅はどんな材料なのですか?

 茅とは屋根を葺く材料の総称です。筑波周辺では狭い意味で、もっともよく使われるススキが茅と呼ばれますが、ほかにもさまざまな材料が使われます。

ススキ/山茅(やまがや)。開かれた山野で最初に生えるパイオニア植物の一つ。丈夫だが、刈り集める必要があり、大きな主屋を持つ上層農家で利用された。株立ちした太く硬いものよりも、広がって生えた細長くしなやかなもののほうが良質。長いものは互い違いに束ねて真ん中で二つに切る「胴切り」とし、短いものは根元を揃えて束ねた「小茅」として使われる。

ヨシ/湖茅(うみがや)。イネ科ヨシ属の多年草。湿地に見られ、高さ1~3m。茎は中空。現在は宮城県北上川河口が全国に出荷する屋根材の一大産地。筑波山周辺ではあまり使われない。

シマガヤ/霞ヶ浦での通称。高さ70~180cmのクサヨシと、30~70cmのカモノハシが混ざります。いずれもイネ科の多年草で湿地周辺に生育。細くしなやかで耐久性に優れた高級屋根材です。かつては地元で利用されていたが、現在では、文化財を中心に、各地に出荷されるようになりました。バインダーで刈り取り結束できるため、下ごしらえなしで屋根に使えるメリットを持ち、石岡市内でも佐久良東雄生家など数軒で利用されています。

稲ワラ/屋根材としては痛みが早いですが、脱穀と同時に手に入ります。小さな小屋がけなどには単独でも利用され耐用年数は数年です。主屋の屋根では雨のかからない下地に使わました。

小麦ワラ/筑波山周辺ではかつて各家で毎年生産される小麦ワラが、主屋や蔵などの屋根材として一般的に使われました。耐久性は稲ワラよりも優れ、ススキやシマガヤよりも劣ります。上層農家の大きな主屋は屋根面積が広いぶん流れる雨量も多くなるため小麦ワラでは役不足で、刈り取ったススキを使う必要がありました。

竹/茅とともに大量に必要な材料です。下地には真竹を、茅を締めるおしぼこなどには篠竹も使います。ぐしの巻き簀は孟宗竹の割竹。棟上のけんとうぎには孟宗竹、シュロも好まれます。繊維内の糖質が増える冬に伐ったものは虫が食いやすいため伐り旬は9~10月。この時期に伐った竹は濡れないかぎり長年の耐久性を持っています。

Q 茅場はありますか?

 かつては田畑のできない傾斜地などに集落の茅場があり、毎年2、3軒ずつ葺き替えができるよう共同管理していました。また、山すそや雑木林の中などに10a~1haの茅場を持つ家もあり、茅刈りは近隣や親類に手や馬を頼んだといいます。
 現在では、搬出しやすい休耕田、栗山の跡地などに10~30aの茅場を私有する家が数軒あります。また、河川敷、工業団地や宅地造成予定地の空き地などに生えた茅を許可を得て刈る家も見られます。
 茅場の肥料分が多すぎると、茅は太く暴れて使いにくくなります。毎年刈り取ると肥料分が減り、細くしなやかで使いやすい茅が生えるといわれます。また、古い茅やセイタカアワダチソウなどの雑草、灌木も混ざりにくくなります。このため茅場を私有したり、毎年刈り取れる空き地などを確保している場合でも、自分で使わない年は、茅葺き屋根を持つ別の人に茅を譲り、刈り取ってもらうケースが多くなっています。
 山の土手や田んぼの畦に生えている茅を集めたり、生えている場所を見つけて刈り取ってくることもあります。これを「拾い茅(ヒロイガヤ)」と呼びます。とがめられることはまずありませんが、よその土地から勝手に取ってくるには違いないので、多少の後ろめたさがあり、人通りの少ない時間を見計らって手早く作業します。
 平成16年からは、やさと茅葺き屋根保存会が、つくば市にある高エネルギー加速器研究機構の協力のもと、ボランティアによる新たな茅刈りをスタート。無理に拾い茅をする必要もなくなり、茅葺き屋根の家主にとっては茅集めについての精神的な負担が大きく軽減されました。

Q 高エネルギー加速器研究機構の茅刈りについて教えてください

 最先端の素粒子物理学を研究する同機構には、国内外から第一級の頭脳が集まっています。敷地は100haほどで、敷地内には加速器のトンネルが一周約3kmほども回っています。地上部分の広大な敷地内にはススキが自生し、業者による毎年の刈り取り粉砕処理により、茅として良質な状態を保っていました。
 この茅を平成16年からは、やさと茅葺き屋根保存会を中心とした「筑波山麓茅刈り隊」が刈り取り活用しています。作業は毎年12月、茅葺き屋根保有者と行政、学生、さらに茅葺き屋根を応援したい市民のボランティアが協力して行われます。
 茅は地域の茅葺き民家補修に使われます。ここ数年は12月前半の土日曜日を中心に6日間、延べ約150~170人ほどが参加して、敷地内の約4haから一抱えの茅束を1800~2000束ほど刈り取り、10棟前後の補修にあてています。現代の「結い」ともいえる取り組みです。

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高エネ研の茅場。屋根を葺くのに最適な良質のススキ(山ガヤ)が密生しています。

Q シマガヤはどこで刈られていますか?

 シマガヤの生える霞ヶ浦湖畔の湿地は、古くから茅場として集落で共有されてきました。現在では稲敷市浮島東端の稲敷大橋下にあたる妙岐の鼻(約3ha)や、稲敷市旧東町の上之島の湿地(約10ha)などが知られ、権利を持つ家が刈り取って全国に出荷しています。
刈り取りは12~1月、2~3月には火入れが行われます。

Q 茅を数える単位は?

 茅の束の大きさや数え方は地域によって異なります。茅葺き屋根の形と同様に、それぞれの風土や文化に適した方法が育まれてきたのです。
 筑波山周辺では、一尋(約1.8m)の縄を一重に巻き、しっかりと圧縮して縛った束を1束とします。これを6束集めて1駄。かつて馬の背に6束ずつ積んで運んだのが単位の由来です。
 ちなみに現在では、軽トラック1台に4~5駄、2tトラックで10駄、4tなら20駄ほど積みます。いずれも慣れた人が山積みした場合の積載数です。

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トラックで茅を運びます。ロープで締め上げて圧縮しながら山積みします。

Q 葺き替えにはどのくらいの茅が必要ですか?

 屋根1坪に4~5駄とも言われますし、7駄とも言われます。
 補修の場合は、使える茅を残すため、もっと少なくて済みます。ただ、痛みが少なければ茅は少なめですみますが、雨漏りするほど傷んでいれば茅だけでなく下地の稲ワラや竹から取り替えなければならない場合もあります。職人や家主は、痛み具合と屋根の大きさを見たうえで、経験的におおよそ必要な茅の量を見積もります。
 間口10軒、奥行き4~5軒の比較的大きい茅葺き民家の場合、全体の補修には通常250~300駄ほど必要でしょう。4tトラックに山積みして10数台分にもなります。これだけの茅を一度に集めるのは困難なため、民家の場合、全体を丸ごと補修するケースは少なく、数年に分けて行うのが一般的です。

2011年2月12日 (土)

茅葺き屋根の基礎知識

Q 夏涼しく冬暖かいって本当?

 茅葺き屋根は空気層を持つ自然素材が50cm以上も重ねられているうえ、水はけをよくするため屋根の急勾配が求められ、結果として屋根裏にも大きな空間を持っています。このため夏は太陽からの輻射を室内に伝えにくく、茅葺き屋根ならではの涼しさをもたらされます。
 屋根の断熱性は冬の寒さにも有効です。ただし茅葺き民家の多くは、床下や窓、壁、天井などの断熱が施されていないうえ、すきま風もある昔ながらの建物のため、断熱性能の優れた現代の家屋と比較すると、驚くほど寒い家です。
 冬の寒さは断熱に留意したリフォームによって大いに改善されます。とはいえ、たいていの茅葺き民家では家屋内の全体を暖房することはなく、一部屋に家族全員が集まって過ごす、こたつを利用するなどの生活様式が保たれています。このため家屋内すべてを暖房する現代の家と比較すると、建物の省エネルギー性能は劣るものの、冬のエネルギー消費量は意外に少ないとの調査結果もあります。

Q 茅葺き屋根の耐用年数はどのくらいですか?

 ススキを材料にした主屋の場合、以前は一代に一度、つまり25年前後で葺き替えるといわれていました。ただ、かまどや囲炉裏が使われなくなって家屋内から煙が消えた、現代の茅葺き民家では屋根の寿命が縮み、15年前後で葺き替え時期を迎えます。

Q 屋根の葺き替えは何年に一度するのですか?

 この地域の茅葺き屋根は、ふつう屋根全体をいっぺんに葺き替えることはしません。まずは日が当たらず乾きにくいためもっとも傷みやすい北側。そして南側と棟、東と西などと分けて行います。いっぺんに葺き替えるための大量の茅を確保するのは難しいからです。
 また茅葺き屋根は、もともと材料にもムラがあり、弱い部分から先に傷みます。鳥による被害も目立ちます。屋根の中の虫をついばんだり、巣の材料として目を付けたりするのです。こうした部分が穴や溝になり、やがて水が集まって染みこみ、放置すると大雨で急激に傷み、あっという間に雨漏りに至ります。
 屋根を観察して痛んだ部分を見つけたら、その部分に茅を差し込んでふさぎます。これを差し茅といいます。差し茅は自転車のパンク修理のようなもの。チューブが古くなるとパンクも増えるので、やがてチューブを交換するわけですが、屋根の場合も同じです。葺き替えて5~10年ほどは、屋根も丈夫で差し茅の手間もそれほどいりません。が、それ以上になると数年に一度は差し茅が必要になり、いよいよ葺き替えの時期を迎えるのです。
 そういうわけで耐用年数15年といっても、実際のところは屋根の部分ごとに葺き替え時期が異なるうえ、細かな補修も加わるため、安心できる期間はほんの5年ほどでしょう。あとの10年は常に差し茅や葺き替えをしているような感覚。茅はできれば毎年少しずつ刈り取ってストックしておかないと不安です。茅を刈り、束ね直して準備する作業は年中行事として毎年行います。それが理想的な茅葺き民家の暮らし方です。

Q 囲炉裏やかまどのある家はありますか?

 水分を吸って湿った屋根にはヤスデやダンゴムシ、カブトムシの幼虫なども発生し、屋根の傷みを助長します。囲炉裏やかまどの煙は燻蒸効果で虫を抑え、屋根を守っていました。とはいえ現代では、毎朝火をおこし、煙の充満する家屋で生活するのは困難です。石岡市内の茅葺き民家では、かまどを使っている家はなく、イベント用として土間に囲炉裏をしつらえているケースを除き、昔ながらのスタイルの囲炉裏も残っていません。

Q 近所で協力して葺き替えるのですか?

 集落内の家屋の多くが茅葺き屋根だった頃は、共同の茅場を持って集落の各家が順繰りに利用したり、葺き替えをする家には茅を持ち寄って手伝うなど、近所や親戚同士による「結い」が営まれてきました。屋根葺きは職人の「茅手」を中心に行われましたが、茅を運んだり屋根上で古茅を片付けるなどの雑用をこなす「手元」「地走り」には家人をはじめ、近所や親戚が当たったのです。
 現在残る茅葺き屋根は集落内で1、2軒のため、ご近所や親戚によるお互いさまの「結い」は行われていません。手元や地走りは家主が日当を払って近所の経験者を依頼したり、職人が手元、地走りまで手配するケースも増えています。
 茅刈りについては、「やさと茅葺き屋根保存会」が呼びかけるボランティアによる「筑波山麓茅刈り隊」が、市民参加型の新しい「結い」となっています。

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石岡市周辺の茅葺き屋根について

Qどのくらいの茅葺き屋根があるのですか?

 2007年の調査では、トタンを被せていない現役の茅葺き屋根が、市北部に広がる農村エリアの「やさと」地区に74棟、市街地から南部の「石岡」地区に20棟の計94棟が残っていました。6割が主屋、4割は門や書院ほか付属屋です。
 ただ、茅葺き屋根は年々減少傾向で、将来は文化的歴史的意義を考慮した対策が求められつつあります。

Q 茅葺き屋根が残った理由は?

 三つの条件が複合して残されたと考えられます。

1 農村文化が健在
 農閑期には自前で茅を調達し、束ね直して準備するなど、屋根の手入れは習慣として農家の数ある農事のひとつに組み込まれてきました。
 補修では傷んで落とした茅や、茅の切れ端が大量に発生しますが、これらは堆肥として副次的に利用され田畑を肥やします。
 習慣化と副次的利用は、この地域に昔から受け継がれた農村文化が健在であればこそ可能です。一方、家主の世代交代とともに生活様式が変化すると、茅葺き屋根の保存は一層難しくなると考えられます。

2 職人が健在
 現在、近隣の茅葺き職人が現役で屋根の手入れに携わっています。また、職人の手伝いができる経験者も近所に探せます。ただし熟練の職人は80歳前後となっているため、茅葺き屋根保存には、後継者の育成が求められています。

3  屋敷への愛着
 気候風土に恵まれた当地では、農家の暮らしが比較的豊かでした。家屋や庭を美しく整える気質が育まれ、茅葺き屋根にも筑波流と呼ばれる装飾的な意匠が発達しました。家主は屋根に愛着と誇りを持って、大切に維持してきたのです。

Q 茅葺き屋根職人は何人くらいいますか?

 石岡市内には昭和20年代には80人以上の茅葺き職人がいましたが、5年ほど前には3人、現在では1人にまで減ってしまいました。近隣では小美玉市に2人が活躍しています。いずれも80歳前後です。笠間市では60歳代の職人が2人従事しています。石岡市では後継者育成のため、常陸風土記の丘職員の2人が親方職人のもとで研修中です。

Nishiwakiwatanabe