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2012年2月26日 (日)

屋敷の構えから生活文化を知る

2月12日のシンポジウム後半は、
筑波大学芸術系教授の安藤邦廣氏です。
安藤教授は茅葺き民家や集落研究の第一人者で、やさとには30年前からフィールドワークに通われています。

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「石岡市における農村景観の特徴と価値、保全と活用について」

       ※記載についての文責はやさと茅葺き屋根保存会事務局にあります。

●筑波山・加波山から霞ヶ浦まで、わずか10~20kmのエリアにすべてが凝縮されている

里山と集落と農地、屋敷構えが明確に残されているのが、このエリアの特徴です。
2007年の調査では、八郷地区に74棟、石岡地区に20棟の茅葺き屋根が残っていました。
さらに茅葺き屋根の上に金属板で覆った建物を加えると300棟はあるでしょう。
ただし、その数は年々減少し、このペースだと10年後には半減しているかもしれません。

●県南に民家の特徴は屋敷構えにある

このエリアを含めた県南の民家は、敷地のなかに母屋のほか蔵や納屋など
いくつかの建物を持つのが特徴です。旧家では書院やタバコ乾燥場なども含めて5、6棟持つのも一般的。
これは気候温暖な南方的形態といえ、関西の民家にもよく見られる特徴です。
また、昔から多様な副業が営まれていたことが分かります。
これが県北の那珂川流域では、一棟に集約された屋敷が多くなります。

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生き垣と呼ばれる垣根に選ばれる樹木は、このエリアではモチやカシです。
県内でも利根川流域まで南下するとイヌマキが多く見られます。

これら屋敷まわりの景観も、農業や燃料の変化によって少しずつ姿を変えて現在にいたっています。

●長屋門は、やさと、石岡、岩間、小美玉あたりまで

長屋門は千葉や栃木、茨城の東京寄りに見られます。
江戸時代には税の取り立てをした、一定以上の格を持った家だけに許されていました。
茨城の県南は力を持った殿様が不在で、旗本の領地も多く、
村のなかに旗本、代官にあたる家も多かったため、長屋門がつくられたのです。
明治以降は、金銭的に成功したら長屋門を建てることが、ひとつの文化になりました。

●屋根の化粧を競う

長屋門を建てることをひとつの目標に暮らしたのと同様に、屋根の化粧に凝るのも豊かさを示す表現でした。
雪がなく冬でも仕事ができるため、南会津の職人たちも明治時代からこのエリアに稼ぎに入り、
屋根の技巧を競いました。こうしたなかでトオシモノやキリトメなどの技法が工夫されたのです。

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●筑波山麓の里山の風景を資源として見直そう

筑波山麓では農地だけでなく山を持つことで、きれいな水にも恵まれて、
さらに豊かな暮らしが営まれてきました。
茅葺き屋根や、付属する小屋なども上手に活用しながら
グリーンツーリズムなどと結びつけていけば、さらに賑わっていくはず。
茅葺き屋根が30軒あれば職人が1人生活できるといわれますから、
地元に職人が残せるくらいに、屋根も残していく方法を、ぜひ考えていってください。

いま、茅葺き屋根は地域の資源にもなっています。しかし、家主の立場からすると、
実際に住んで維持を続けていくのは大変です。
活用といっても、生活は成り立っていますから、とくに観光業をする必要もなく
余裕ができれば「面倒だから建て替えちゃえ」と考えてしまいがち。
なんとか知恵を絞って、資源を維持する方法を探していきたいと感じました。

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

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