2012年4月 3日 (火)

常陸風土記の丘で茅葺き職人の後継者を募集中

 茨城県は関東の茅葺き王国と呼ばれるほど、民家や文化財など数多くの屋根が残り、保存継承のためには地元の葺き方を知る職人の存在が欠かせません。
 しかし、日本一とも称される技巧を持つ筑波流の茅葺き職人は、高齢化が進み、現在、親方と呼ばれる熟練者は数人になっています。
 歴史体験公園で知られる常陸風土記の丘は、約20棟を持ち、これまで2人の20歳代後継者を育成してきました。

 平成24年度には、新たな茅葺き研修希望者を募集します。定員は2人。風土記の丘の臨時職員として、茅葺き職人親方のもとで実地研修を行います。
 雇用条件、待遇など、詳しくは直接、風土記の丘事務所までお問い合わせください。

※ホームページは右のリンクをクリックしてください。

Fudokinooka

石岡市常陸風土記の丘

財団法人 石岡市産業文化事業団
〒315-0007 茨城県石岡市染谷1646  TEL:0299-23-3887

2012年3月14日 (水)

やさとの茅葺き民家を訪ねて/大場家住宅(国登録有形文化財)

当ブログ右上のイメージ写真でも紹介している大場家住宅。

筑波流の細工が見事な、やさとを代表する茅葺き民家の一つです。

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間口8間、奥行4.5間、田の字に4つの座敷を持つ主屋は江戸末期に建てられたもの。
平成17年に国登録有形文化財になっています。

 家主の大場克巳さんは、観光ぶどう園を営んでいます。庭と周囲の果樹園は約3ha。高校卒業後、ぶどうの先進地である山梨県の勝沼で研修し、やさとに戻ってぶどう作りを始めて50年になるそうです。
 早くから顔の見える農業を心がけ、引き売りから、やがて観光果樹園をスタート。
主屋の土間でお客さんを接待していることもあって、屋根と庭には愛着を持って手入れを続けてきました。
「屋根を維持するのは大変だけど、『いいですね』『なつかしい』と喜んでくれるお客さんに励まされてます」
 と言います。
 屋根は名人とされた地区内の職人が長年補修していましたが、10数年前に亡くなり、
現在は同じく筑波流を受け継ぐ近隣の職人のほか、若手後継者も数年に一度の手入れにあたっています。
 筑波流の技に惚れ込んでいると語る大場さんは、棟や軒下の装飾などに「最高の仕上げ」を求めます。職人がそれに答えて、美しい屋根が保たれているのです。

 とはいえ、生活スタイルが変化しただけでなく、高齢化で職人も減るなか、次世代に茅葺き屋根を残していくのは簡単ではないと大場さん。
「これからは何か活用の方法を考えなければ」
 それが同時に、やさと地区の活性化にもつながったらと、大場さんは見学会や体験など、茅葺き民家を活用したイベントにも、積極的に協力しています。

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大場克巳さん。ぶどう園は8月~10月開園。

雨よけを設置して農薬を抑え、おいしいぶどうを作っています

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庭の石にはめ込まれた「登録有形文化財」のプレート

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棟にはシュロを使った「ちょんまげ」が飾り付けられています。「大名ぐし」と呼ばれる形です

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「煙出し」の「はかま板」には「水」の文字が描かれ、その下に杉の葉と竹を使った装飾が付けられています

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棟の妻部分には「キリトメ」と呼ばれる装飾が施されます。

大場家のキリトメは、差し込んだ竹の小口に色を付けて松竹梅を描いたもの

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大場家の入り口わきには、名人といわれた職人、故・岩崎氏によるキリトメの写真が掛けられています。竹の小口で絵をつくる技法は岩崎氏のオリジナルでした

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軒付けには3本の「トオシモノ」が施されています。いちばん外側の「ミズキリ」の内側に杉皮が挟まれ、その内側にはシノ竹が並べて差し込んであります。この装飾を施すことを「『くだ』をとおす」と言います。化粧のため、「くだ」の小口はペンキで白く塗られています

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角の軒付けに並べられた「くだ」

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土間にはいろりがつくられ、ときおり火が入れられます。

頭上の梁は、年末ごとに脚立を立てて大場さんの手で磨かれてきました

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大場さんは農村の暮らしを伝えたいと、蔵を私設の資料館にしています。かつて近隣で使われていた道具を集めました

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ワラ縄を編む機械。茅葺き屋根には大量のワラ縄を使うので、また再び動かしてみたい気がします

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糸車や背負子、くるり棒など、昭和20~30年代まで使われていました

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茅葺き職人の廣山さんより寄贈された半纏。昔は棟上げすると当家から職人衆に配られました

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「佐久の大杉」は大場家から徒歩5分。幹まわり約9m、東日本を代表する巨杉で、樹齢約1300年と推定。県指定天然記念物。

大場さんは地区のシンボルである大杉の保存にも熱心にあたってきました

2012年3月 5日 (月)

やさと茅葺き自転車散歩 パート1

やさと地区には70棟近くの茅葺き屋根があります。
が、やさと地区の広さは山手線の内側よりも大きく、70棟はそのエリア内に点在しています。
歩いて回るのは大変なので、クルマで来るのが一般的ですが、
いちばんのお勧めは自転車です。
やさとには茅葺き民家以外にも、ほっとする里の風景、農村ならではの小さな見どころがいっぱい。
クルマでは見過ごしてしまう、何気ない楽しみを探すには自転車のスピードがぴったりなのです。

やさと地区を南北に通るフルーツラインは、ロードレーサーのトレーニングコースとしても知られています。
やさとはビュンビュン走って気持ちいい汗を流すのにも最高の場所。

ゆっくり時間をかけて、自転車散歩の魅力は案外知られていませんが
やさとには一回、二回では知り尽くせない、たくさんの楽しみが待っています。

というわけで、やさとを巡る半日サイクリングに出発します!

文・写真/新田穂高

コースマップはルートラボをご覧ください

石岡市役所商工観光課の高橋さんは、生まれも育ちも地元の「やさと娘」。

スポーツバイクでやさとを走りたい! と、トレックのクロスバイクを新調しました。

スタートは石岡市柿岡の八郷総合支所。旧八郷町役場です。

広い駐車場(もちろん無料)とトイレがあり、クルマ利用のサイクリングの拠点に利用できます。

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ゴールの目標は関東の清水寺と言われる峰寺山西光院です。

朝8時30分。自転車も組み立てて、いざ、出発!

支所を出れば、そこはサイクリングにぴったりのカントリーロード!

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支所から約1km。恋瀬川を渡った向こうに国史跡の佐久良東雄旧宅があります。

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恋瀬川に戻り、川沿いの恋瀬川サイクリングコースを行きます。

何度か車道を横切る以外はクルマの心配もなく、のどかな道です。

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途中、左折して家屋を避け、すぐに右折するポイント。散歩中のおばちゃんの立ち話。

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ふるさと橋まで走ったら、ふるさと農道でフラワーパークをめざします。

恋瀬川を渡るふるさと橋は、ピラミッド型の筑波山を眺めるビューポイント。山をめざして走ります。

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ふるさと農道は広々したやさとの風景のなかを行きます。

1週間前の日曜日には、つくばねマラソンのコースになりました。

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フルーツラインと交差する下青柳の信号を右折したところが県立フラワーパーク。

バラ園は有名ですが、季節ごとにさまざまな花が楽しめます。

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春はベコニア・ダリア展開催中。開園時間中は駐車場のトイレが利用できます。

直売所、観光物産販売店あり。

上青柳地区は、筑波山をバックに、茅葺き民家と谷津田、梨などの果樹、

手入れの行き届いた山林がまとまっています。懐かしさにホッと心が落ち着く里です。

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木﨑眞さんのお宅を訪ねました。鏝絵の施された屋根が立派な四つ脚門をくぐります。

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主屋と書院の2棟が茅葺き屋根。池のある庭には福寿草が咲いていました。

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主屋の前の日だまりで、家主のおばあちゃんと、もう1軒奥の茅葺きの家に住む木崎さんのおばあちゃんがお茶飲み話をされていました。

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梅の花が開きました。例年に比べて1カ月遅れでやってきた春の兆しです。

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門から外を眺めると、こちらものどかな風景です。

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奥の木崎さんのおばあちゃんの家にお祀りされた虚空蔵さまのお堂の前を行きます。

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山からの水を順繰りにまわして、お米がつくられています。きれいな水に、夏にはゲンジボタルが集まります。

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「2月に開かれたアートサイト八郷のときのオブジェ、まだ残ってるかなあ」と思い出して、少しだけ戻りました。

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畑のわきを上った空き地に、怪しげなクルマが。

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「武蔵野美大のOBの方の作品なんです。

中では、やさとのおばあちゃんと話したときの映像が見られるようになってたんですよ」と高橋さん。

ドアを開けてみると置き手紙が。「くつを脱いでお上がりください」

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武蔵野美大の学生さんたちが制作の拠点にしているのが、奥の木崎さんの家。

おばあちゃんの住む茅葺き民家は映画撮影などにも使われています。

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なお、茅葺き屋根の家は、それぞれ個人の住まいです。

庭に入りたいときは、家人に声をかけてOKをもらってください。

上青柳から細谷を通って小幡に向かいます。途中、炭焼きの桜井義四次さんの作業場に伺いました。

奥には2つの炭焼き釜がつくられています。

「いまは火を消して冷ましてるところだよ」と語る義四次さんは82歳。この道60年になります。

「15、16歳のとき、親父といっしょに仕事するようになったんだ。

昔は大子あたりまで行ったよ。戦争中も軍用材を伐ってたから米には不自由しなかった。

いまは水戸や東京からもお客さんが来る。たくさん使うのは焼き鳥屋さん。

お茶に使う小さい炭を焼くところは少ないから、やめないでくれっていわれるよ」

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次の釜に入れるため積まれていたのはカシ。

最近は庭のカシを伐ってくれって頼まれることも多くなったそうです。

「クヌギは生長も早くて炭にいちばんだけど、カシの炭は火をおこしたとき跳ねねえから。土用の丑の日の前に売れるんだよ。ウナギ焼くにはカシの炭でないと」

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「朝と昼のご飯は、こっちで食べるんだ。私は朝4時過ぎに自転車で来て準備するの」とおばあちゃん。

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作業場での煮炊きは炭のかまどで。

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作業場で愛嬌をふりまくミー。

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筑波山参詣の宿場だった小幡の宿通りを走ります。

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宿通りに残る茅葺き民家。

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代々の箆(や)師である小池さんの家の前で乾燥中の篠竹。

箆とは鏃(やじり)の付けられていない矢のことです。

篠竹は半年ほど乾燥させたのち、火であぶり矯正したうえ、削られ磨かれて箆に仕上げられます。

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小幡を抜けて直進すると筑波山神社に通じる風返峠への登りが始まります。

登りはじめの集落が十三塚。観光果樹園が並びます。

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10%越える十三塚の急坂を集落の上まで登った高橋さん。

「新しい自転車は軽いですけど、ここの登りはきついです」

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登ったあとは下り。途中から左に入って、ゆりの郷をめざします。

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里山の麓にたたずむ茅葺き民家。

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観光いちご園「のむのむ」のハウスの下を抜けて……

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やさと温泉「ゆりの郷」に着いたところで、時間切れにて本日終了。

峰寺山はパート2に訪ねることにします。

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「前半は楽々でしたが、十三塚の坂でガクッと脚にきました。
地元にいても、普段は通り過ぎてしまう場所にあちこち寄れたので、新しい発見にはびっくりです。

この調子で石岡市をぜんぶ走ってみたいな、つぎも楽しみです」
ちなみに「ゆりの郷」にクルマを停めて走り出すと、帰りに一風呂できます。農産物直売所もあり。
「シャモ肉や黒豚など、やさとの食材をつかったお食事もお勧めですよ」

○コラム○
ゆりの郷からは、クルマを置いた支所まで走ったわけですが、途中、気になっていた

「オーガニックファーム暮らしの実験室」に寄ってみました。

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organic farm 暮らしの実験室

農場では、養豚と養鶏、有機野菜栽培を柱に、研修生の受け入れや農業体験ほか「農」を知るさまざまな企画を展開しています。
都会の消費者が安全な食を求めて立ち上げたという農場は30数年の歴史を持っていますが、
現在のスタッフは20~30歳台。新しい視点で「農」のすばらしさを広めていけたらと、

農作業のかたわら、アイデアを出し合っているそうです。

敷地のなかにはヤギもいました。

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縦穴住居を作ってみました。住み心地を確かめるため、一冬寝泊まりしましたよ!

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内部のようす。電灯はないので実際はもっと薄暗いです。火をたいていないと寒くて湿気ます。

常に火をたいて使うのが前提。「ときどき留守にする現代人には厳しい面がありますね」

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暖房はロケットストーブで。大小ふたつのドラム缶を重ねて圧力差をつくり、

完全燃焼による高効率を生み出すもので、手作りできるハイテクのひとつです。

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ツリーハウスもあります。

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登ってみました。

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上からの眺め。下に見えるトタン屋根は倉庫と鶏舎です。

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開放型の豚舎による小規模養豚です。豚にストレスを与えず元気に育てるのがモットーです。

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人なつっこいブタくんたちでした。

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2012年3月 2日 (金)

CONTENTS

やさとのみどころ
・常陸風土記の丘 11.2.12
・にほんの里100選 11.2.12
・アートサイト八郷2012 小さな・大きな 12.2.13
・里の風情を感じる上青柳散策 12.2.28
・小幡は筑波山・風返峠に向かう街道の宿場 12.2.28
・大増の生き垣(いきぐね) 12.2.29

・やさと茅葺き自転車散歩 パート1 12.3.5

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やさとの茅葺き民家
・やさと周辺の茅葺き民家  11.2.12
・茅葺き屋根の そば店 11.2.12
・生垣=いきぐね 12.1.29
・やさとの旧家を代表する屋敷構え/上青柳・木﨑眞家 12.2.27
・上曽/銚子街道の峠越えに備えた宿場 12.2.28

・やさとの茅葺き民家を訪ねて/大場家住宅 12.3.14

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事務局だより
・「やさとの茅葺き民家」冊子 11.3.6
・岩手県洋野町よりご来訪いただきました 12.1.22
・NHK「小さな旅」で、やさとを紹介予定 12.1.29
・琵琶湖周辺の葦刈り取材 12.2.13
・関東の茅葺き王国・茨城の不思議/塙家住宅 12.3.2

・常陸風土記の丘で茅葺き職人の後継者を募集中 12.4.3

保存会の紹介
・やさと茅葺き屋根保存会 10.10.10
・会員募集 11.2.12

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活動報告
・第1回やさと茅葺きハイキング 11.2.12
・筑波山麓茅刈り隊 11.2.12
・第3回 やさと茅葺きハイキング 11.3.5
・小まるき講習 11.3.6
・千葉方面 研修視察に行きました 12.1.22
・筑波山麓茅刈り隊、ご協力ありがとうございました 12.1.22
・茅葺き民家を描く会 12.1.22
・1月28日に茅葺き体験を行いました 12.1.29
・体験で葺いた東屋が完成しました 12.1.30
・「里の風景を受け継ぎ生かす」シンポジウムに100人が参加 12.2.25
・文化的景観を活かして、地域が元気になろう! 12.2.25
・屋敷の構えから生活文化を知る 12.2.26

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筑波流茅葺きの技
・筑波流茅手 11.2.12
・トオシモノ 11.2.12
・竹のぐし 12.1.29
・小まるき 12.1.30

茅葺き屋根Q&A
・石岡市周辺の茅葺き屋根について 11.2.12
・茅葺き屋根の基礎知識 11.2.12
・茅と茅場 11.3.6
・茅葺き屋根の維持保存について 11.3.6
・軽トラ1台分の茅で葺き替えられる面積は? 12.1.22

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行事予定
・つくば山麓茅刈り隊 10.10.11
・2月19日のハイキング 参加申込延長受付中 11.2.12
・やさと写真展 開催中 11.3.5
・筑波山麓茅刈り隊 ボランティア募集 11.11.5
・ミニチュア茅葺き民家展 12.1.22
・茅葺き体験 参加申し込み受付中! 12.1.22
・シンポジウム「里の風景を受け継ぎ生かす」 12.1.22
・やさとの茅葺き民家を描く会 作品展示しています 12.2.13

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見学について
・見学会にご参加ください 11.2.12
・メディアのみなさんへ 取材・撮影などについて 11.2.12
・やさと茅葺きハイキング 11.2.12

関東の茅葺き王国・茨城の不思議/塙家住宅

やさとの北隣の町、岩間(笠間市)には、国重要文化財の塙家住宅があります。
当保存会でもお世話になっている茅葺き職人の広山美佐雄さんが
葺き替えなど手入れを行っていると伺って、見学に訪ねてみました。

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江戸時代に建てられた家屋は、主屋と釜屋が隣接する別棟の、「分棟型」と呼ばれるもの。

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説明を読むと、このタイプが、いわゆる「黒潮のみち」に沿って分布していることが分かります。

だとすれば、茨城でも海岸沿いや霞ヶ浦沿いにあってもよいはずですが、内陸にみられるというのは、たしかに謎です。
たまたまこの建て方の得意な棟梁が流れてきたのか、
こちらの地元の人がどこかで見てきて真似したのが広まったのかな、と想像してみます。

2棟が別棟のため、つなぎめの谷には木製の大きなトイが設置されています。これが昔からのカタチなのだとか。

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なぜ東北から県北にかけて見られるような曲家にしなかったのか。
曲家というのも、曲げた谷の部分は傷みやすく家主と職人泣かせには違いないのですが。

最初は別々だったのが、「これなら繋いじまうべ」と、北に行って発展したのかな……。

じつは茅葺き屋根のつくりも、同じ茨城県内、筑波流といえども、親方によって
仕上げ方が異なります。現場合わせの工夫次第の部分が多いので、
どの親方の下で経験を積んできたかで、やっつけ方が違うのです。
そういうなかで、お互い「俺らがいちばん」と譲らずに競い合った結果、
いろいろなデザインが発達しました。
残された建物を見ながら、昔の人の仕事ぶりを想像すると、
往時の職人のキャラクターまで立ち上ってくるようでおもしろいです。

建物の入り口に据えられていたのは、家主の塙氏による覚え書。

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家人は同じ敷地内の別棟に住んでいます。この建物に居住していたころは、
屋根は続きになり、天井板も付けられ、建具も変えて住みやすく改装されていたのが、
覚え書きからは分かります。文化財となって復元修理が施され、天井板を外し、建物は江戸時代の姿に戻りました。
重要文化財は昔を顧みることのできる残された貴重な展示物です。

一方、人が住み続けている民家は、昔ながらの姿をとどめているわけではなく、
そこからは昔を正しく知ることはできないかもしれません。
けれども、今風に変えるところは変えながらも、雨漏りの心配をしつつ
毎年茅を刈りに行く暮らしが続けられていることもまた、ひとつの価値だといえるのでしょう。
ただし、そうした暮らしが続くのも、いまが最後の世代。
20年後の日本では、茅葺き屋根といえば展示物の重要文化財ばかりになっているのかもしれません。

2012年2月29日 (水)

大増の生き垣(いきぐね)

石岡の国府から山崎、瓦谷、小見、大増を経て日光へ向かう道が宇都宮街道です。
大増は街道の宿場にあたります。
この地区は過去大火に見舞われ、「大増小増困ります。今度燃えたら困ります」と語り継がれました。
その後、多くの家が屋敷まわりを防火のための生き垣で囲んだため、
整えられた生き垣(いきぐね)が集落の景観を特徴づけています。

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生き垣で囲われた岡本一郎家の庭。風の遮られた空間は、冬の日だまりが暖かく、畑の野菜も育ちます。上青柳の木﨑家と同様に、蔵の周囲も生き垣で守られていました。

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瓦葺きの母屋や蔵を持つ家も、生き垣で囲われ、筑波山、加波山周辺ならではの独特の景観をつくっています。

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2012年2月28日 (火)

上曽/銚子街道の峠越えに備えた宿場

小幡からフルーツラインに戻って左折、ここから約3.4km先の信号を左折した先が上曽です。
銚子から利根川・霞ヶ浦を通って水運された荷物は、石岡の高浜で荷揚げされ、柿岡、真壁を通って下館に運ばれました。
これが銚子街道で、上曽宿は上曽峠の手前で積み替えが行われた場所です。

綿引家は銚子街道と、足尾山と筑波とを結ぶ街道が交差したところに建てられた旅籠。
二階建ての茅葺き民家は、現在は住まいとして残されています。

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平屋の書院は、二階建ての旅籠棟と鍵型につながっています。池のある庭に面した落ち着いた佇まい。

奥座敷は格の高い方だけを通した特別な部屋でした。

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二階の欄干や看板など、旅籠の面影をよく残しています。

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軒付けにはトオシモノの縞模様に加えて、竹を差し込んで小口を白く塗った「クダ」を通して飾っています。

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キリトメには本家を表す文字と「カラクミトミ」と呼ばれる竹とシュロ縄を使った装飾が施されています。

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角の納まりの部分に、さりげなく飾られたツル。職人の遊び心を感じます。

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NHKの番組「小さな旅」で補修していた三輪家の門も上曽の集落にあります。このとおり立派に完成しました。

三輪均家では居住しながら3棟の茅葺き屋根を守っています。

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小幡/筑波山・風返峠に向かう街道の宿場

上青柳から細谷を抜け、小幡小学校の前を通って、小幡の宿通りに出ます。
小幡は水戸から岩間・真家・山崎・部原・柿岡・小幡・風返峠・北条・古河を経て
群馬県瀬戸井に通じる瀬戸井街道の宿で、
明治期からは筑波山・筑波神社参詣の宿場として栄えました。

街道沿いは今も宿場の面影を残しています。

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宿通りには茅葺き屋根の家屋も2棟ほど残っています。

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小幡宿を抜けて直進すると、十三塚の斜面集落です。観光果樹園が集まるエリア。
冬は逆転層により盆地の底よりも最低気温が高く、ミカンの栽培も行われています。
さらに風返峠に向かう山道に入ると、八郷盆地が眺められます。

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左手奥の山が難台山から続く愛宕山、鐘転山。右側のお椀を伏せた形の山は、八郷の「富士山」。これらの山々の懐が、やさと地区です。その向こうには県央畑作地帯と呼ばれる小美玉市・茨城町の台地がはるか地平線まで広がります。

里の風情を感じる上青柳散策

木﨑眞家で話を伺ったのち、周辺の上青柳地区を散策します。

田んぼと茅葺き屋根、屋敷林、裏の里山。のどかな風景です。

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山からの水を利用する昔ながらの谷津田が残ります。この先には電柱など人工物がないので、時代劇のロケなどが時々行われる場所です。

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農家の納屋には屋根に使う茅がストックされていました。

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木崎清彦家にまつられる虚空蔵さま。茅葺き屋根の小さなお堂は県内でも貴重な存在。

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筑波山の懐に抱かれた冬晴れの上青柳。夏はゲンジボタルの飛び交うスポットとしても知られます 。

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2012年2月27日 (月)

やさとの旧家を代表する屋敷構え/上青柳・木﨑眞家

2月12日はシンポジウムを前に、安藤教授の案内のもと、やさと地区の集落景観を見て回りました。

上青柳地区では、まず、やさと茅葺き屋根保存会の会長でもある木﨑眞家を訪ねます。江戸時代が始まる慶長年間頃より、この地に住んだのではないかといわれる旧家で、筑波山を背にして大きなケヤキの屋敷林に守られています。

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入り口は鏝絵の施された四つ足門。

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手入れの行き届いた庭が、訪れる人を迎えます。

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筑波山麓の旧家の屋敷の特徴を残している点で文化的価値が高いと安藤邦廣教授。

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パノラマにすると、左から茅葺きの「書院」と「母屋」、瓦葺きの「マデヤ」、トタン葺きの「小鳥小屋」が見えます。

その奥に見える生き垣(いきぐね)の向こうには「前の蔵」が隠れています。

万一火事が起きたとき、蔵を飛び火から守るため、高い生き垣で遮っているのです。

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木﨑眞さん(88歳)。つくばね森林組合の組合長も務める現役です。

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庭の柿の木の下で拾ったムササビ。首に牙でかまれた傷跡があり、ハクビシンにやられたらしい。

木﨑さんも「まさかムササビがいるとは知らなかった」

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座敷には、おひなさまが飾られていました

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«屋敷の構えから生活文化を知る

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